midashi003
至福の記録 (Notes From Cloud 9)

第1回 Faerie tales from Seelie Court / 妖精物語

文◉Michael Bjorn(ミカエル・ビョルン)

 かつてイギリスでは、アルバムを99枚しかプレスしない場合、消費税を支払う必要がありませんでした。そのためプライヴェート・プレスは、メジャー・レーベルの隣にあるパラレル・ワールドのような存在でした。現在、オリジナル盤は非常に高価になっているものが多く、その希少性が幅広い層の関心を呼び、すごく人気があるとまではいかなくとも、それが復刻される可能性は高くなってきています。

 Tenth Planet(およびそれに付随するCDレーベル、Wooden Hill)は、ずっと僕の大好きなアセテート・リイシュー・レーベルでした。けれども昨年以降、僕はシーリー・コートという新しいお気に入り──多分そうなるレーベルを見つけたのです。これまでにリリースされたアルバムはわずか数枚ほどですが、すでに50枚ものアルバムをリリースする予定があるようです。最初にリリースされた数作のクォリティを考えると、僕は間違いなく全作品を買うことになるでしょう。これを読んでいる方々もそうすべきだと思っています。では、早速その内容を紹介しましょう。

 スコットランドの民話では、妖精はシーリーな(人間に対して意地悪ではない)妖精と、アンシーリーな(人間に対して意地悪な)妖精に分けられています。アンシーリー・コートには意地の悪い精霊がいて、シーリー・コートには慈しみ深い妖精がいます。けれども妖精たちが危険な存在であることには変わりはないので、あまりリラックスしない方が賢明です。これは、このレーベルがリリースしている音楽にも当てはまります。ここからリリースされるものは、基本的に超レアで全くといっていいほど知られていません。あるコレクターが所有しているアセテート盤やプライヴェート・プレスを借用してプレスされたレコードには本当に驚くような発見があります。

 SCLP001のカタログ・ナンバーでシーリー・コートから最初に発売されたAcross The Waterは、1975年に大学の友人二人がレコードの一面ずつレコーディングしたもので、当時たった2枚のアセテート盤だけをプレスしました。僕はA面の方に軍配を上げます。クラシックとプログレッシヴな要素を組み合わせた、切なくて驚くほど複雑な組曲で作り上げられています。ピーター・マッケロウが、16歳の頃にセント・クルダ島で羊を数えた経験からインスパイアされて作り上げたこの曲は、とても魅力的な作品です。B面はカナダ人の友人が故郷を懐かしく思いながら作った作品で、シンガー・ソングライターの流れを汲んでいますが、少しユニークさに欠けているように感じます。

 SCLP002は、ジェスロ・タルのメンバーが参加しいて、もともとスカイ・レコードとしてスタートしたS.R.T.(Sound Recording Technology)から50枚限定でリリースされたものです。このグループ、サンダルウッドは、1971年にセルフ・タイトルのアルバムを制作したものの、精霊のようにまたたく間に姿を消してしまった女性デュオです。ソフトで美しい歌声のアコースティック・フォークが好きな方は、ぜひチェックしてみてください!

Across The Water『Across The Water』(SCLP001)
Sandalwood 『Changeling』(SCLP002)
Anaconda『Sympathy For The Madman』(SCLP003)

 けれどもシーリー・コート・レーベルが本当に本領を発揮し始めるのは驚くべき3枚目のリリース作品からです。ミステリアスで異教的な雰囲気に包まれたアナコンダ(Anaconda)の1969年発表の『Sympathy For The Madman』(SCLP003)は、元アルカディウムのミハラキス・ステリオス・セルギデス(vo, g)が、名盤『ブレス・アホワイル(Breathe Awhile)』のレコーディング中に表面化したロバート・エルウッド(vo, g)との音楽的な相違によってアルカディウムを脱退した後に制作した作品です。アナコンダの音楽は、壮大とは言えませんが、よりダークな雰囲気を持っています。美しいフルートとヴァイオリン、そしてヴォーカルによって、同系統のグループと比較しても劣ることのない表現力は、正統派のコーマスとも並び称されています。アセテート盤一枚しか存在しないことが知られていることもあって、今回のリイシュー盤は喉から手が出るほどのアイテムになるに違いありません。

 次に紹介するのは、1969年頃にノーザンプトンのベック・スタジオでレコーディングされた無名のアーティストのヘヴィーな作品『Black Studio Acetate 1969』(SCLP004)です。このアルバムにはブルースの雰囲気が少なからず含まれていますが、音楽的なインタープレイや想像力に富んだギター・プレイ(特に3曲の長尺曲「Waking」)には圧倒されました。けれど本作の中での本当のキラー・チューンは、フィメール・ヴォーカルと至福感がありながらもヘヴィーな雰囲気を持つ最後の曲「See Me」でしょう。

 そしてもしカタログの中で一枚だけピックアップするとしたら、フラックス(Flux)のセルフ・タイトル・アルバム『Flux』(SCLP005)です。1973年、「BBC Mobile Unit」でのライヴを収録したこのアルバムは、まさに革命的であり、一つのジャンルを確立したといっても過言ではありません。アルバムは、リーダーのジョン・グリマルディのギターが炸裂する、並外れた熱狂性を持つジャジーなインストゥルメンタル曲から始まります。しかしこのジャズとプログレシヴ・ロックの扇情的とも言える融合はまだ十分ではないと言うかのように、2曲目の「Atonal」では、グレッグ・レイクにも似たヴォーカルがこの作品を即座にクラシックな雰囲気に変えてしまいます。『Flux』は僕がここ何年かで聴いた作品の中で最高のプログレッシヴ・ロック・アルバムです。キング・クリムゾンのリイシュー盤では飽き足らない人は、このアルバムを買いましょう!

sclp005
Flux『Flux』(SCLP005)

 以前Tenth Planetレーベルの代表だったデヴィッド・ウェルズが、現在のグレープフルーツ・レコーズからのコンピレーション『Peephole in My Brain』でライフブラッド(Lifeblud)の楽曲を聴いた時、たった3枚しか作られなかった彼らの1970年のアセテート盤『Esse Quam Videri』をすごく聴きたくなりました。この作品は思ったほどプログレッシヴ・ポップではなく、どちらかと言えばプログレッシヴなフォークの流れを汲んでいましたが、それでも期待を裏切らない内容でした。メランコリックで、非常に詩的で、とても美しいメロディを持ったこの作品は、自然な神秘性を持ちながらも他の作品よりもナイーヴな印象を与えます。僕の知る限りでは、ライフブラッドはもっとヘヴィなサウンドのアセテート盤を制作しているはずで、こちらもシーリー・コートからリリースされることを願っています。

Black State Acetate 1969『Black State Acetate 1969』(SCLP004)
Lifebuld 『Esse Quam Videri』(SCLP006)
John Strang『The Masterpeace』(SCLP008)

 カタログ・ナンバーSCLP007は、グラニーのセルフ・タイトル・アルバムでプログレッシヴ・ロックの傑作『Grannie』のために用意されているものの、理由はわからないまま発売が延期されています。SCLP008が付けられたジョン・ストラング(John Strang)の『The Masterpeace』は、現時点で最新リリースの購入可能なアルバムで、これもまた驚くべき作品です。1968年、当時弱冠17歳だったストラングがレコーディングした作品で、核による最終戦争と滅亡をテーマにしたコンセプト・アルバムで、ブラックな歌詞と実験的な間奏は、サイケデリック・フォークというジャンルを新たな領域に導いています。ストラングはのちに精神医学への貢献でナイトの称号を得ていますが、70年代初頭にトランスアトランティック・レーベルに制作途中のアルバムを残しています。これも将来的にシーリー・コートからリリースされると言われています。

 この春には、シーリー・コートからさらに12枚のアルバムがリリースされる予定です。中には2度も発売が延期されているものもあり、いつ発売されるかは誰にもわかりません。お伽話が続いていくことを願うばかりです。